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ホテル・ルワンダ

ホテル・ルワンダ プレミアム・エディション
★★★★☆
2004/イギリス・南アフリカ・イタリア
ジャン・レノ

アフリカ、ルワンダで起こった大量虐殺のお話です。ちょうど友達に『絵はがきにされた少年』と言う本をもらって読んだところだったので、映画の導入に出てきた非常に大きな疑問がすんなりと入ってきました。

絵はがきにされた少年

「ツチ族とフツ族は何が違うのか?」

本と映画を見る限り、歴史的には何も変わらない気がします。IDに記されていることが全てなので、お金で変えることも出来たようだし、本当にどうでもいい差なんだと思います。映画中では、ツチ族とフツ族の夫婦も出てきますし、この虐殺が起こる前まではそんなにみんな気にしてなかったのかな、と言う気さえしました。

一方で、具体的な違いは、映画を見ていると、結局外見なのかな、と言う気もします。映画を見ているうちに、段々と鼻の形や肌の色の微妙な違いで分かってきました。これは、本を読んだだけでは実感できなかったことだと思います。それでも、ぱっと見て、フツだ、ツチだ、と分かるタイプの顔の人もいれば、そうでない曖昧な人もいて、結局何を持って区別するかははっきりしません。結局差別なんて、意味のない区別の延長なんでしょう。

映画の内容としては、主人公のポールが、ただひたすら家族を守るために必死になっているところが、リアリティがありました。本人はフツだから、虐殺の対象ではないけれど、妻がツチだから守らなければならない。この原動力の大きさこそが、この映画を動かしていました。私は、単なる善意よりも、こういうエゴの方が素直に信じられます。単なる「他人」のために来ている平和維持軍は見て見ぬ振りで「自分達」つまり白人だけを乗せて帰っていきます。このときに、主人公の「自分」と言う幅が広がった気がします。自分のことは自分で守るしかない。他人は当てにならない。

結局、ホテルに難民を匿ったという行為は、「他人を守った」というよりも、「自分達を守った」と言うことなんじゃないかと思います。その方がとてもよく納得できます。

集団における人間の狂気がなぜ起きてしまうか、復習の連鎖はどうやって止めればいいのか。答えのない疑問ばかりですが、自分の身の回りのことを精一杯やるしかないという映画な気もします。例えば、私たち日本人はルワンダ(その他紛争地域)においては他人です。この映画に出てくる他人たちは、一番一生懸命ルワンダの難民を助けようとしている人たちなのに、どうしても他人の枠から抜け出せなくて冷たく見えてしまいました。それは、少し悲しいけどどうしようもないことなのかもしれません。

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